2011年12月20日火曜日

おいしい話はとことんおいしい

僕の将来の夢は海外に孤児院を副業で運営できるほどの男になること。
それまでに、孤児院を楽に作れるくらいの資金力と、孤児院の運営方法を考えねばならない。

①僕が海外に孤児院を作りたいと思ったのにはいくつか理由がある。
まず、子飼いの親日的な子供を育成して、日本本国に恩恵を齎すようにすること。

②自分の教育信念の元に、優秀な子供に育つかどうか検討すること。

僕が最も興味があることは、日常生活が与える影響を如何にして+にするかということだ。
楽しく遊ぶにも、+に動くよう。
道を歩くだけで何かを学べるように。
日常生活の何に着眼すれば、テストでいい点を取れるようになるのだろうか?

私は本当においしい話はとことんおいしいと思っている。
おいしい話には裏があると人が言うが、それは結局裏のあるおいしい話だっただけだと私は思う。
私が今生きているのはそれを証明するためだといってもいいかもしれない。

2011年12月16日金曜日

僕のゲーム、大戦略WEB

最近僕が楽しんでいるゲームは、大戦略WEBだ。
非常に興味深いゲームだ。

僕はこのゲームのエキスパート12サーバーで遊んでいる。
特徴としては、ゲームスピードが速く、リスタートがある。
つまり、積み上げた苦労はいずれ消えてしまう。
しかし、前回のデータのうちライセンスなど引き継げるという特典がある。

僕は考えた。どうすれば次リスタートしたときに
他のプレイヤーよりもよりアドバンテージを得られるのだろう。

そこで資源よりもライセンスが重要だということに気づいた。
なぜなら、資源は次回に引き継げないが、ライセンスは引き継ぐことができる。
それも、複数でである。

ライセンスを引き継げば、それを市場に流して資源に変えることができる。
初期段階ではそれだけでもアドバンテージになるはずだ。

まああと、仕官も引き継げるらしい。

リスタートが非常に楽しみ。

僕のゲーム、将棋1

2番目に良く遊んだゲームは将棋である。
僕が唯一自分の親父と会話できるのはこの話題くらいだろう。
いや、話題にもできないかもしれない、僕の親父にはちょっとなかなか将棋では勝てないから。

将棋で学んだことのひとつに、コマの質より、数のほうが、大事なことが多いということだ。
まあそれは僕のプレイスタイルから来ているだけなのかもしれないし、場の状況にもよる。

ともかく、僕はできるだけ相手にはコマをやらないようにしている。
できるだけ相手のコマを絞って、自分のコマを多く持つ。
だから、よく場では相手のコマのほうが質はいいが、コマが少なすぎて、詰むには至らないということが多い

あくまでも、場合によるが、飛車一枚より、香車3枚のほうがもらえるならうれしい。
コマを多く持つことは、攻めにも、守りにも都合が良い。

また、オセロの話ともつながるが、取ると取られるということがこのゲームにもある。
基本的にチェス、中国将棋、将棋どれにも通じることとしては、一方的にコマを取られるケースというのは
少ないといえよう。もちろん、あまりにも相手が未熟な場合そういうのもあるかもしれない。
例えば、1対1ならおそらく、先に手を出したほうが負けるのが将棋だ。
しかし、1対2なら、先に手を出して相手に取らせて、そして取れる。

数が多いほうがいいのである。

ランチェスター戦略

私にとってのゲーム、オセロ1

私にとってゲームとは、最も崇拝するカテゴリーである。

私が一番初めにはまったゲームとはオセロゲームである。

未だに覚えている。何歳だったか覚えていないが、クリスマスの日に私の枕元にオセロが置かれていたのだ。

私が小さな頃の記憶として鮮明に覚えているのは
幼稚園の砂場で山を作ってそれにトンネルを作っている時に、母親が迎えに来たとき
それと、このオセロである。

妙にうれしかったのを覚えている。

最近の子供はきっとオセロなんて子供騙しのようにしか思えないのかもしれない。

私の知り合いに焼く肉屋を経営している方がいるが
その人がベトナムで子供にサービスとしておもちゃをあげたそうだ。

ベトナム人の子供はコマなどをもらって純粋に喜び
日本人の子供は全く喜ばないのだという。

日本人ほどゲームについて、頭のレベルが高くなってしまった民族はいないんじゃないかってくらいだ。

さて、オセロの話に戻ろう。
オセロから学んだことがいくつかある。

まず第一に、何かを取ると、何かが取られるということだ。
当たり前の話だが、オセロは相手のコマを自分のコマで挟んで、相手のコマをひっくり返して
自分のコマと同じ色に変えるゲームだ。
相手のコマがいないとそのゲームは成立しない。

自分のコマが多くなりすぎると、自分の置ける場所がどんどん狭くなってしまうだろう。

そうなると、相手に自分の置ける場所をコントロールされてしまう。
ゲームにおいて、イニシアティブを相手に取られることは絶対に避けねばならない
しかし、ことオセロにおいては、自分のコマをコントロールされるようになったら終わりである。

オセロはただ取れば勝てるというゲームでははない。